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中原や芥川といった上級幹部職な顔ぶれでも、
昼下がりの任務となるのはこの頃では珍しいことではなく。
こたびのような図々しいコソ泥への対処なんぞは確かに珍しいそれだったが、
例えば、提携企業の要人の催す宴の護衛なぞ、
彼らのような必殺級の格であれ、明るいうちに駆り出される仕事も少ないではなくて。
とはいえ、
今回のような軽微な(?)処罰系、ほんのひと薙ぎで片が付いたような作戦の場合、
彼らほどの幹部級は 部下経由の報告さえ為せば、一般の企業でいう“直帰”扱いになるものが、
今日の場合はそうはいかなんだところが、芥川にはやや誤算。
『このまま解散だと思ってたんなら甘いぞ芥川。』
現地集合だった埠頭で顔を合わせた時点から、
中也にはバレていたらしいこと。
実は昨日の晩の別口の鏖殺任務のあと、
誰かさんも張り込みで帰れないとかで会えなかったのをいいことに
自宅へ帰ったそのまま着替えもしないで眠ってしまい、
黒獣が切り裂いた敵の血の匂いなのかそれとも、
自分は撃ってはないが周囲がこれでもかというほどの盲撃ちをしていた
雨のように降りしきってた銃弾が振りまいた硝煙の匂いか、
鉄っぽい重々しくて苦い香を、髪や顔や外套にこびりつけたままにしていたようであり。
相手方の艀へ乗り込む都合で、
先に大きい方の貨物船へ発っていったときは何も言われなかったが、
それも芥川を油断させるためだったとしたら、
中也ママ、さすがの作戦勝ちというところだろか。
“誰がママだ ” (まあまあ)
作戦現場だった埠頭から戻ったそのまま、
人工大理石を敷き詰めたロビーを突っ切り、
奥向きの社員設備用エレベータホールへ足早に直行する。
ポートマフィアの本拠が巨大高層ビルヂングなのは伊達じゃあない。
多数抱えている構成員や事務職員、その他 関係者らを収容するためのみならず、
様々な福利厚生設備も完備の本拠には、各種機能の充実した広大な会議室はもとより、
視聴覚研究室、膨大なデータを管理するサーバールーム、
ちょっとしたトレーニングルームから サウナや
メニューも充実した、テラス席もある明るい社員食堂、
使い勝手のいい拷問用地下牢まで完備しており。
え? 紹介の配列が何かおかしかったですか?
防音性に富んだ折檻室もあるらしいですよ? (やめれ)
そんな諸々揃った設備の中、
社員職員専用、抗争帰りの洗浄用大浴場までの直通エレベータの前に立ち、
あったら尻尾を太々と膨らませ、丸めた背中の毛を目一杯逆立てていよう、
ついでにネコ耳も付けてやりたい黒外套の貴公子の、
襟首を余裕で掴んだまま ゲージの到着を待っていた赤毛の幹部様だったが、
「え?」
「あ。」
そちら様にも ある意味で勝手知ったる施設なせいか、
正面の大きな重々しいドアを抜けたそのまま、フロントは素通りし、
すたすたとこちらのエレベータホールを目指して足を運んできた、
大小のシルエットが特徴的な二人連れがあり。
そちらとこちら、ほぼ同時に互いへ気づいて あっと表情を弾けさせる。
「何で手前らがいるんだ?」
「呼ばれたんだよ、こちらのトップにね。」
そうと応じたのが、
すらりとした長身も相変わらず、水の垂れるような美貌の元幹部、太宰治で、
すぐ後ろには、不揃いな銀の髪を、だがだが何とも可愛らしく見せている
ほっそりとした色白の少年を従えており。
今は社員たちもデスクに貼りついているか任務地にいるかという時間帯か、
ロビーは閑散としているものの、
見る人が見れば、中原が怪訝な顔をしたのがようよう判るだろう、
敵対組織の筆頭、武装探偵社の顔ぶれの堂々の来社。
「首領が?」
「形式的にはね。でも実質は、もうちょっと上からの召喚だ。」
太宰のややぼかした言いようへ、
中原が細い眉をぐっと寄せ、しょっぱそうな顔になる。
首領以上の“上”なぞ此処にはいないが、あるとしたらば“政府筋”ということで。
抗いようのない何かをまたぞろ仕立てられるということならば、
彼でなくとも剣呑そうな顔にもなろう。
本来なら双方に公平なようにどこか外で場を設けるのが筋だろけれど、
そんな調整をする間も惜しいほど切迫した依頼ならしく。
「表向きには興行会社だろう?」
「ですよね…。」
どうやら敦は此処が “それ”とは知らなかったらしく、
後で訊けば、夏祭りに屋台出してる会社だよねという把握だったらしい。
『まあ、間違っちゃいねぇが。』
『だって中也さんがどこへ出かけてるのか見送ったことありませんし。』
朝は基本的に “ゆったり幹部出勤”だもんねぇ。
「…また“共闘”かよ。」
「さてね。私たちはまだ詳細までは聞いてない。」
本来ならば社長と乱歩さんこそが招聘を受けるべき級の事態であり顔合わせらしいが、
こういう形、キミらの本拠での会合という不均衡な条件を均すため、
直接対処に当たらされるんだろうご指名のあった我々だけでお目見えしたって寸法だ。
「ちなみに使者として社に来たのは紅葉の姐さんだ。」
彼らを無事に帰すことと、滞在した痕跡をどんな資料としてでも残さないことを保証するためで、
異能特務課のそれと判る署名の付いた書状を持参した彼女であり。
とはいえ、政府機関だからという大威張りで
頭ごなしに双方を呼びつけての依頼だというわけでもない。
むしろ こういった橋渡しは実は相当大変で微妙なことなのだ。
何しろ、武装探偵社とポートマフィアは、
個人的な次元での私的な関係はともかく、本来は交わらない存在同士であり、
その大前提が覆らぬものである以上、
そんな二者がどんな難物相手であれ共闘するなんて 理屈がおかしい。
世間様での定評や常説を始めとする
“おかしいのだ”というその定義を揺るがぬものにしておかないと、
今後、公的機関が武装探偵社へグレーなあれこれを依頼できなくなる。
現状、表向きには彼らが直接依頼されて対処したことになっている
荒事含むで危険をかいくぐって片づけたあれやこれやの半分くらいは、
実は政府筋から内密に頼むとされた高次元な代物で。
異能を用いる対処自体、公的には認められていないこと、
よって取り扱いようによっちゃあ微妙な活用、
異能開業許可証?なんだそれは?
つながりなんてないと 表向きには言い合ってもいるほどなのでもあって。
それもこれも、凡ては 政府機関があくまでも公正であらねばならぬため。
法治国家である以上、政府や内閣の下す処断は公明正大、潔白清廉でなければならぬ。
どんな角度からでも隙なく目を光らせていよう、よからぬハイエナたちには
弱みとなろう尻尾を決して掴まれてはならぬ。
この辺りの詳細は『今日もお元気なボクたちは』3章 冒頭◇◇辺り参照。
なれど、現状現実への最適最善な対処を優先するため、
時には仕方なく非合法な点にも幾つか目を瞑らにゃならず、
それを一般的には“大人の事情”ともいう訳で。
今回もまた、記録には残らぬ辞令により、双方への依頼を差し向けたというところかと。
“そうなんだよな。
本来はそんなややこしい境界に阻まれてる間柄なんだ。”
なので、マフィア側に“停戦中”という特別な禁令が出ていなければ、
顔を合わせただけで掴み合いになったり、
互いを損ねようとしたって不思議じゃあないような間柄でもあって。
場所柄もあってのこと、にこやかに顔を合わせているのは不自然なので、
太宰も極力無関心な風を装っての淡々とした顔を保っているし、
向かい合う中原も苦虫を噛み潰したような尖った顔でいる。
敦としては、お初の場所の豪奢さと威圧に圧倒されて怯んでいるのは真実なので、
そのまま身をすくめて傍らの太宰の背にくっついているばかりだったが、
ちらと見やった中也の肩の向こう、
さすがにやっと外套の襟首から手を離された芥川が、
やっぱり無表情でこちらを見やっているのと目が合って。
「……。」
このところ、すいぶんと親身になってもらってもいたせいか、それとの温度差は物凄く。
うあ、やっぱりこういうのって心に痛いなぁなんて、
眉を下げつつ きゅうと肩をすぼめて見せれば、
「…。」
「え?」
伸びてきた手があって、ひょいと胸倉を掴まれ、ぐいと引かれた。
シャツがしわしわになるほどの強引さで引っ張られ、
そのままつかつかと彼が乗り込んだのは到着したエレベータ。
え?え?え?え?と、足元がほぼ浮いたまま引きずり込まれ、
何をするんだと小さく言いつつ顔は笑っている太宰さんや
おいと制すような声の、
でもやっぱり顔が大笑いの中也さんとが乗り込んだところで扉が閉まって、
「このゲージには監視カメラはついてない。」
「ああ、だからもう緊張しないでいいよ、敦くん。」
力がついたね芥川くん、
いやいやこいつのは羅生門の無駄遣いだから、と
何とも強引なやり方で、
彼らの間に横たわっていたつれない素振りへの終止符を打ってくれた漆黒の貴公子様だったの、
気が利いてるねと言わんばかりに評する双黒のお二人の声を聞きながら、
「……。」
そちらはそもそも乱暴に扱うつもりじゃあなかったか、
懐に引き入れた虎の子の頭をそのまま撫でてくれる兄人じゃああったものの、
「…芥川くん、ちょっと匂う。」
「…っ☆」
「あ。そうだった。」
「何だい、また風呂に入らないずぼらをやらかしたのかい?」
三方からクンクンと匂いを嗅がれ、やややと追い込まれた羅生門様で。
一気に和やかになってどうする。(笑)
それにしたって、
武装探偵社だけでは収められぬだろと思われたような事案とは、一体何ごとなんでしょうね。
カモフラージュするために、マフィアの仕業という煙幕がまたぞろ必要になったとか?
to be continued.(17.06.02.〜)
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*本当は先の章で終わる予定でしたが、
素晴らしいMMDを観ちゃったので、もうちょっと続きます。(またかい)

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